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枚方万年寺山にあった御茶屋御殿を巡る!かつて豊臣秀吉がやって来た場所

ちぃパパ&ちぃママ

京阪枚方市駅から電車で大阪方面へ向かう途中、窓から見えるある風景がいつも気になっていました。

その風景は枚方市駅から約数十秒でたどり着き、自分の体を大阪方面に向けた状態で左側をみるとそれが見えてきます。

それは…
小高い丘です。

幼い頃から気になっていていました

このブログを読んでいる方で
私と同じように一度は気になったことがありませんか?

というわけで行って来ました。

その小高い丘は、枚方市駅からちょうど南西に位置しております。

徒歩で行くと枚方市駅から西側を
(枚方T-SITEがある側)
線路沿いに大阪方面へ歩いていくと突き当たりになります
突き当たり左側に階段が見えるのですが、そこが丘の入口となります

ところで私は先程からと言っておりますが、実はなんですね。

万年寺山という枚方八景に選ばれている梅の名所なんですね

万年寺山の緑陰と言われております

この万年寺山の頂上には意賀美神社(いがみじんじゃ)という神社があるのですが、そこは次回に書きますのでお楽しみに!


では早速階段を上って行きます↓


ちぃ様気合い入ってます↓


階段は約4、50段ってとかろでしょうか?
奥行きのある階段なので安全ですが、若干上りにくく感じます。

階段を上りきる頃には展望が開け、見渡しがよくなります。
ここが御茶屋御殿があった場所



かなり曇っています(;^_^A
ちなみに対岸は高槻市です。

御茶屋御殿が出来上がったのが文禄4年(1595)のことです。

標高はおよそ31m。
眺望が非常に良いところで、 京都~大阪の大動脈である淀川と京街道がよく見渡せる場所となっています。

豊臣秀吉は京都と大阪に拠点を置き、中間地点であるここ枚方をしばしば立ち寄っていたとあります。

それはなぜか?

実は枚方城主、本多内膳正政康(ほんだないぜんのかみまさやす)の娘である、乙御前(おとごぜん)に会いに来ていたからなんですね。

実際にこの御茶屋御殿は乙御前のために建てたといわれており、いわゆる側室の為の御殿なのですね

文禄五年(1596)の淀川堤防修築に際しては、秀吉は対岸の大塚(高槻市)から枚方の工事の様子を上機嫌で眺めたとの話も残っているとあり、彼女の為になにかをしてあげていることに、なんだかワクワクしてきたのでしょうかね(笑)


その後の御茶屋御殿はどうなっていったのか。
(現地説明板より参照)

江戸時代に入ると、御茶屋御殿は幕府公用の施設となりました。

元和九年(1623)には二代将軍秀忠が、寛永三年(1626)には三代将軍家光が逗留したと
記録に残されています。

家光来訪の際には、秀吉が建てた「大茶殿」の脇に桁行五間、梁行三間の
御殿が新築されました。

その後は利用されることもなく、「大茶殿」は承応三年(1654)
老朽化により解体され、新築御殿がその用材の収納庫にあてられていました。
しかし、延宝七年(1679)七月一日に起こった枚方宿の火事によって新築御殿もろとも全焼し、以後再建されることはありませんでした。

―――ここまで。

どんな建物だったのでしょうね?
きっといまでも御茶屋御殿が残っていたとしたら国宝級だったでしょうねきっと。


↑今は何も残っていません…。
とても残念です。


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