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牧野にある【片埜神社】へ行ってみた!鬼門除けと節分で有名な神社。キーワードは鬼に関係!?

ちぃパパ&ちぃママ

片埜神社は
『河州一之宮』『牧郷一之宮』といわれ旧牧野郡において唯一の式内社
(式内社とは、とにかく有名な神社と解釈してください(^_^;))。



片埜神社は鬼門とも深く関係する神社なんですが、いったいなぜなのでしょうか?


片埜神社と鬼門の関係
むかし豊臣秀吉は大阪城の建設のおり
城からみて北東の方角(鬼門)に位置する片埜神社に目をつけ鬼門鎮護の神社として選びました。

その後片埜神社は
●方除け
●鬼門除け

として有名になっております
その証拠にこちらのサイトのまん中辺りをごらんください
(↑現在サイトが閉鎖されています)

大阪城の北東方角に位置する石垣群の中程に、一風変わった石垣があるのがわかりますね。

これは鬼面石(人面石)という石垣で、いわば鬼を寄せ付けないための“オマジナイ”のようなものです
現代でいうところの鬼瓦みたいなものです。

【毒を以て毒を制する】といいましょうか



で、この鬼面石の向けられている方角こそが片埜神社といわれております。

つまり、鬼面石と片埜神社のパワーをもって鬼を封じ込めようと秀吉は考えたのかもしれませんね。

ちなみに片埜神社では
節分の豆まきにおいては「鬼は内」と唱えます。


その後、この世から秀吉はいなくなり1602年豊臣秀頼は片桐且元を現場監督として任命し
片埜神社の修復・改修工事にあたらせます。

その時の建造物が
●本殿
●正門
●築地塀

で、今でも現存しています。


片埜神社は今でも方除・厄除の神として信仰されていることから、絵馬や御朱印には鬼面が描かれております。

つまり片埜神社の【鬼】は、悪い鬼としてとらえず、みんなを悪霊から守る門番として親しまれているのでしょう。


↑片埜神社南の鳥居


↑旧牧野郡の式内社。一之宮の文字がチョコッと見えます。


南門。
俗に【赤門】と呼ばれており桃山時代の門です。


東門。
俗に【黒門】と呼ばれており鎌倉時代の頃、武家屋敷(大邸宅)でよく使われていたもので【棟門(むねかど)】とも呼びます。
現在では数少ない遺構だそうです。

赤門と供に大阪府の指定文化財



南門からまっすぐ参道が伸び、突き当たりが拝殿


南門から入ってすぐのところに牛が!
牛といえば【菅原道真】なぜ?
答えはここ


綺麗な朱色が目立つ稲荷神社
『お金持ちになりますよーに(笑)』


真っ赤な顔の鬼面です。
片埜神社は大阪城の鬼門鎮護として存在しています。


片埜神社の拝殿です。


ふと左に目をやると燈籠一基が不自然におかれております。
この燈籠は鎌倉時代のものらしく、むかし神宮寺というお寺が存在していた時の物だそうです。


片埜神社の神額


手前が拝殿で向こう側が本殿。
今年に塗り替えられ美しくなりました!


本殿を横から。

桃山時代の建築様式。
豊臣秀頼の修復時(慶長7年1602)のままらしく国の重要文化財

とても美しいです!


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