天空の城【竹田城跡】を巡ってみた!ツアーで人気の観光名所 - 京阪てくてく町めぐり

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天空の城【竹田城跡】を巡ってみた!ツアーで人気の観光名所


2013年11月、相次ぐ転落事故をうけ安全対策の工事を行うため【本丸】と【天守台】の見学が禁止されていました

2016年3月1日、山開きと共にその入場が解禁され
ファンの方々にとっては待ち望んだ瞬間だと思います
実に2年3ヵ月の復活です
(※私たちが行った時はまだ禁止だったので、今回は行っていません。あしからず。)


前回の記事では
山城の郷から竹田城入口(受付)までの道中を書きましたので
合わせてお読みいただけると嬉しいです
竹田城へのアクセスと駐車場

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いざ天空の城へ参らん!!





7月下旬
この日は霧雨のような雨が降ったり止んだりという天気でした

山からガスが立ち込め視界がもやっています

竹田城といえば雲海に浮かぶあの光景があまりにも有名
シーズンは9月1日~11月30日といわれています


※今回のこの霧は、周り全体が包まれているので
対面する山(立雲峡)から竹田城を見ても
雲に浮かんでいるようには見えないと思います


さて、少し上ると、石垣が見えてきました


竹田城の見所のひとつ穴太衆の石垣



大小様々な石が積まれています
一見すると、無造作に組まれているようにもみえるこの石垣

実は竹田城全ての石垣は穴太衆が手掛けたものだと言われております


太衆(あのうしゅう)は、日本の近世初期にあたる織豊時代(安土桃山時代)に活躍した、石工の集団。
主に寺院や城郭などの石垣施工を行った技術者集団である。
石工衆(いしくしゅう)、石垣職人(いしがきしょくにん)とも称す。
「穴太」の歴史的仮名遣での読み仮名は「あなふ」である。

引用先:【Wikipedia】━穴太衆

信長をはじめ秀吉、家康など多くの大名からさまざまな依頼を受けていた石垣造りのプロ集団です

今私たちが目にする石垣は、竹田城最後の城主【赤松広秀】が豊臣秀吉の支援を受け穴太衆につくらせたものです

石垣が作られておよそ400年経った今もなお
崩れることなく(一部の復元をのぞく)保っています

石を加工せず、そのまま組み上げる
【穴太積み】と呼ばれる技法は一見すると雑に積み上げているようにみえますが
実は緻密な計算が練られているとか

穴太積みの技法は文字による表現が難しいことから、口伝により継承されるともいわれています


今では天守や本丸などといった当時を偲ばせる建物は無く
唯一、石垣だけが現存するのみ

ただ、曲輪を構成する石垣が当時のまま残っているお陰で
竹田城の縄張りがどのようになっていたのかが分かるといいます

縄張りとは
一言でいうと城郭の区画割りです

曲輪(本丸・二の丸・三の丸などの区画)をどこに配置するのか?
櫓をどこに建てるのか?
などを設計するもの

ちなみに縄張りの語源は
現地で縄をはり作業したことから、この名がついたといわれております


【梯郭(ていかく)式縄張】の竹田城


梯郭(ていかく)とは
縄張りの一種で、本丸の二方
あるいは三方を囲むように二の丸、三の丸が配置される。
本丸は片隅に位置し、二の丸で囲まれない面は、川、崖、海などの要害になっていることが多い

【引用先】:城郭用語集

上の写真【竹田城の縄張り図】では
本丸を中心に二の丸・三の丸が囲み
北東に北千畳
北西に花屋敷
南には南二の丸、南千畳
が三方向に広がっています


中心に向かうにつれ標高が高くなり
天守の353mが一番高くなっています

私たちは入口から出口へ抜けていきますが
戦国時代ではこの出入口から敵が侵入してきます


城内へ


南北400m・東西100mの広さを有する竹田城は
まるで鳥が翼を広げているようにみえます

うまく山の地形を利用しながら
そして尾根上に造られた曲輪はまさに芸術建築

そんな竹田城
今から敵方になったつもりで侵入してみます(笑)


大手門付近
竹田城の正門(正式にはだったところ)に当たるところです


階段をのぼり振り返ってみると
そこには大自然と人々とが共存する世界が広がっていました

これぞ日本の風景
おもわず感嘆の声があがります

ここ竹田城跡がある古城山と対面(東側)には
金梨山(左の山)と朝来山(右側の山)という山があります

テレビや雑誌などでみる雲海に浮かぶ竹田城は、この右側の朝来山にある立雲峡からです

山あいで流れる一級河川の円山川
シーズン(9月~11月)になると
天空の城を引き立てるあの神秘的な雲海を発生させするといいます


階段を上がると北千畳という広い場所に出てきました
そこには大きな桜の木がありました
凛としていて、なにかこう人を惹き付ける雰囲気がありますね


こちらはどこか儚さを感じさせる風景
武将が今にも現れそうな雰囲気を醸し出しています

霧の雰囲気ひとつで、色んな場面か想像できます




この写真は竹田駅の観光案内書に置かれる模型

もし、竹田城に建物が建っていたらこんな感じということですね

模型を見ると四角く桝形のような場所に
大手門が2つあります
1つ目の門から2つ目の門へ抜ける通路はL字型になっています

実はこれ、お城を防衛するため造られた仕掛けで
これを【桝形虎口】といいます

1つ目の門が通過されたとしても、2つ目の門の前で道を阻まれます
すると敵兵は枡の中で閉じ込められた状態になり、3方もしくは4方から鉄砲や弓矢を浴びせられ一網打尽にされるという仕掛けです
⇒枡形虎口についてはこちらで詳しく書かれています



大手門から三の丸に行く通路も連続のL字型となっていています
曲がり角を多く設けることにより、侵入する速度を少しでも遅めるためです

こういった仕掛けは他のお城でもよく見掛けます





番号順が見学コースとなっていますが
私たちが行った時(去年)は、本丸・天守へ入ることが出来ませんでした

現在は、二の丸から入って見学が出来るようです



①通路がクランク型になっているのがよく分かります


②三の丸


③三の丸から二の丸へ行く通路


④二の丸横から天守と本丸を見ています


⑤本丸の裏付近
通路が狭くなっています


⑥こちらは花屋敷というところです
ここで、薬草などを栽培していたようです


⑦南二の丸へ向かう通路
左の石垣は本丸の石垣です


⑧こうしてみると建物がないだけに
どこかの遺跡のようにも見えますね


⑨こちらは南二の丸




⑩左先に見える高台と右側の南二の丸の敷地との間に大きな門がはわされています

敵はそこから侵入してきます
通路は狭く中は先程説明した桝形虎口となっているのがわかります

仮にここを通過したとしても
複雑な通路かつ段差の連続で、なかなか前に進みにくい仕掛けが待ち受けています


⑪正門と書かれた板がたっています
ちょうどこの辺りに門があったんですね

この中に入ると上から鉄砲や弓矢が飛んでくるという……恐ろしい(;゜∀゜)


⑫こちらは南千畳
大きな松の木が立っています

向こう正面に大路山が見えます
もやっていて美しい山の稜線が見えないのが残念です


⑬竹田城の南端からみた城跡


後ろを振り返るとこの景色

山間を優雅に流れる円山川
川そばには田園風景が広がっております

この、のどかな風景を見ていると
本当に戦がおきていたのかな?
なんてつい疑いたくなるような気持ちになってしまうのは私だけでしょうか?


⑭今は石垣だけが残る竹田城
最後はどのようにして姿を消したのでしょう

最後の城主である赤松広秀は関ヶ原の戦いでは西軍に属し、田辺城(舞鶴城)を攻めるも、西軍は敗戦。

東軍の亀井茲矩の誘いで鳥取城攻めに加わって落城させるが、城下の大火の責めを負い、家康の命によって慶長5年10月28日(1600年12月3日)鳥取真教寺にて切腹。

広秀の居城であった竹田城は、家康の命により 山名豊国が受取りに行き、入城した。

その後江戸幕府の方針により、竹田城は廃城となった。
引用先:【Wikipedia】━竹田城より



⑮こちらは⑪で紹介した正門です
よく見ると大きな石があります

これは【鏡石】と呼ばれている石で、他の城でもよく見掛ける石です

鏡石は城主のステータスとして大手門(正門)付近の目につくところにはめ込むことが多いのですが、ここで1つの疑問が

実は竹田城の正門(大手門)は北千畳であるはずなのに
どういうわけか、ここ南千畳も正門となっています
つまり北と南の2ヶ所に正門があることになります


⑪の写真で見た立て札に正門と書かれていたのが、そもそもの混乱のもとで
調べていくうちに北千畳の大手門は鬼門に当たることから
のち、ここ(南千畳)に変えたのではと言われているそうです

鏡石が置かれていることをふまえると
やはり南千畳の正門が正式な入口なのでしょうね

ややこしい……。


ちなみにこの「鏡石」
後になって知ったのですが
触ると願いが叶うというパワーストーンのようです

他のブログで石に触れて帰る姿をよく見掛けるのですが
ご覧のとおり、柵が掛かっています
崩落の可能性が有るからだと思うのですが
今は触れないのかな?



こちらはYouTubeでみつけた【竹田城跡の空撮影像】です
竹田城跡の周りを空撮しているのですが、これを見ると城跡の全貌がよく分かります

もし、今後竹田城へ行かれるなら予習を兼ねて一度ご覧になってみてはいかがでしょうか?



日本100名城に選ばれる竹田城跡
鳥が南北に羽を伸ばしたように見えるその姿はまさに芸術

限られた尾根の上を上手く曲輪を設けた職人達
今もなお崩れることない堅牢な石垣を作りあげた職人達

つくづく昔の人の情熱と技術力には驚かされることばかりです

今回私たちが行ったこの日はまだ
本丸と天守に上がることが出来ずとても残念に終わりました
ですが、また再び行く楽しみとして取っておくことにします(*^^*)


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